日本高齢者人権宣言

2022年11月24日第35回日本高齢者大会

前文

 すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等です。
 基本的人権(人権)とは、それ無くしては人間として生きていけない生きる基本です。その理念は、人間の尊厳です。尊厳の本質とは、すべての人が価値において平等で、取って代われないことと、一人ひとりが自己決定できるということです。尊厳が保障されたといえるのは、人権が十分に保障されたときにほかなりません。
 日本国憲法は、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存すること、すなわち平和的生存権を確認し、国民主権、平和主義と並んで人権の保障を柱としています。コロナパンデミックそしてロシアによるウクライナ侵略と人類の危機の今こそ、憲法の価値は一層高まり、人権保障こそ危機打開の最も有効で、重要な手段なのです。
 そして、憲法97条は、人権とは、人類の多年にわたる闘いによって勝ち取ってきたものであると明言し、さらにこの憲法と人権を「不断の努力により保持」(憲法12条)することを国民の義務としているのです。
 日本における高齢者人権宣言とは、高齢者やすべての年齢の人々の現在と未来に、希望と輝きをもてる真の長寿社会を創造するための基本原則を掲げるものです。
 いま、なぜ高齢者の人権宣言が必要なのでしょうか。
「アフリカでは、高齢者が1人亡くなると、図書館が1つ消えるといいます」 2002年、スペインのマドリッドで開かれた第2回高齢化世界会議で、コフィー・アナン元国連事務総長はこう演説し、世界中のどの地域でもこれは真実であり、高齢者は未来を結ぶ仲介者であり、その知恵と経験は、社会にとってかけがえのない宝であると強調しました。
 認知症、障害、病気であっても、寝たきりであっても、すべての高齢者が社会にとっての図書館であり、宝として尊重されなければなりません。
 しかし、現実には、日本をはじめとして全世界の高齢者の人権保障は不十分です。日本では、少子・高齢化を口実に、国民に自助・共助を強要し、権利否定の公助が基本とされ、高齢者の生命権、生存・生活権、健康権、文化権等の人権侵害・剥奪が深刻化しています。
 世界でも高齢化が急速に進むなかで、とりわけ発展途上国の高齢者の人権侵害が危惧され、高齢者の人権保障の重要性が認識されています。高齢化への対応と高齢者への人権保障は、人類が挑戦すべき課題となっているのです。
 国際連合は、すでに女性、こども、障害のある人の固有の人権を保障する国際条約を制定してきました。日本も批准しています。残されたのが高齢者で、今、高齢者人権条約の制定に向けて努力を重ねています。
 高齢者一人ひとりの人権が保障されるとは、具体的にどういうことでしょうか。
 それは日本高齢者人権宣言に謳われた本文すべての人権が、全面的かつ十分に保障された状態です。さらに、高齢者の人権保障を徹底することは、すべての年齢の人々への普遍的人権保障を実現し、社会を豊かに発展させることに連なります。
 わたしたちは、日本政府に、この高齢者人権宣言が掲げる理念、原理、原則にもとづく立法、政策の実現、そして、高齢化・長寿先進国として、国連の高齢者人権条約制定にリーダーシップを発揮することを強く求めます。
 わたしたちは、高齢者の人権保障を実現するために、日本高齢者人権宣言を高齢期運動の共通の理念・目標とし、世界中のすべての年齢の人々と連帯した行動をとることをここに宣言します。

高齢者に保障される人権

 この高齢者人権宣言は、前文の内容をふまえて、人権保障の意味を確認した「T人権保障の意味」、高齢者の人権保障のための基本的な原理を示した「U基本原理」、保障されるべき具体的な人権の種類を掲げた「V高齢者に保障される人権」、人権保障の責任主体に関する「W国・自治体・企業の責任」、そして人権の実現と促進に向けた高齢者自身の決意表明として「V人権保障にむけた不断の努力義務」という5つの部分から構成されています。

T 人権保障の意味

 人権が保障されていることの意味でとくに重要なのは次の点です。
 1  人権は、憲法が主権者としての国民に保障する最高位の権利です(憲法98条)。
 2  人権は、国・自治体に「保障」の義務と責任があります。権利を否定し、支援・応援にとどまる「公助」ではなく、まして人々に自粛・自衛、自助、共助・互助を強要するものではありません。
 3  人権侵害・剥奪に対しては、裁判を起こし違憲立法審査権を行使し、立法、行政、司法(判決)を違憲として裁き無効にできます。
 4  税金は人権保障のために使われなければなりません。
 5  人権は、人類のたたかいの成果であり、現在及び将来の国民に対し、「侵すことのできない永久の権利」として保障されるものです (憲法97条)。

U 基本原理

 高齢者のすべての人権保障と、高齢者に関係する制度や施策の立案・実施にあたっては、次の5つの原理が基本とされなければなりません。
[尊厳]一人ひとりがその価値において平等であり、他者とは取って代えられない、かけがえのない存在として尊ばれること
[独立]家族や地域、国や自治体から十分なサービスを受けながら、身体的にも精神的にも他者から支配されず、自律した自己決定に基づいた生活を送れること
[参加]社会の構成員として社会のあらゆる側面に関与し、影響力を行使できること
[ケア]尊厳や独立の保持に必要な医療、長期ケア、所得、文化、学習などが十分保障されること
[自己実現]生涯にわたって自己の可能性を最大限に伸ばし、追求できること

V 高齢者に保障される人権

1【年齢による差別の禁止・女性高齢者など、差別を受けやすい高齢者への平等な権利保障】
 高齢者は、他の年代の人々と平等な権利が保障されます。年齢によって差別されてはなりません。
 とくに、高齢で、女性、障害のある人、他者からケアを受けている人、性的・民族的・思想的な少数者、貧困状態にある人など複合的な差別を受けやすい高齢者が差別されず、平等な権利が保障されなければなりません。住んでいる地域による差別も許されません。
2【いのちと尊厳が守られる権利】
 高齢者は、他の年代の人々と等しく、生きる権利があり、生涯にわたって尊厳を守られる権利があります。死後においても、尊厳を損うような扱いをされてはなりません。
3【自律的で独立した生活をおくる権利】
 高齢者は、一人ひとり個性や能力が異なる存在であることを基本とし、生活のあらゆる場面において他者から支配されず、自己決定が保障されます。
 高齢者は、必要な食糧、水、住居、衣類、健康、長期ケア、収入が保障されることを通じて、自律し、独立した生活を営むことができなければなりません。
4【社会に積極的かつ全面的に参加する権利】
 高齢者は、社会に積極的かつ全面的に参加する権利があります。とくに高齢者に直接関係する制度や施策の立案・実施・検証には、高齢者と高齢者団体の積極的参加が保障されなければなりません。
5【身体の自由と安全、暴力・虐待を受けない権利】
 高齢者は、安全に生活する権利があります。高齢者に対するあらゆる身体的、精神的、性的な拘束・虐待・暴力、経済的な搾取は許されません。
6【残虐かつ非人道的な取り扱いをされない権利】
 高齢者は、残虐で非人道的な扱い、人格や品位を傷つける扱いを受けない権利があります。
7【自由に考え、信仰する権利】
 高齢者は、自由に自己の考えや思想をもち、宗教を信仰する自由があります。
8【表現の自由、言論の自由、情報にアクセスする権利】
 高齢者は、自分の考えや情報を自由に表現し、発信する権利があります。また、必要な情報にアクセスし、情報を取得する権利があります。これらの権利を行使するため、情報通信のための機器やシステムは、高齢者の固有のニーズに配慮して、利用しやすいものでなければなりません。
9【プライバシーと名誉が守られる権利】
 高齢者は、プライバシーが守られ、名誉を侵害されない権利があります。私生活や家族、住居、通信には、国や他者が不当に立ち入ることは許されません。とくに病院、福祉施設や避難所においては、プライバシーの権利が十分に守られなければなりません。
10【十分な生活水準への権利、社会保障の権利】
 高齢者は、自分と家族のために必要な食糧、衣類、住居等を内容とする、十分な生活水準を保障される権利があります。その水準は、社会の変化にあわせて絶えず改善されなければなりません。
 高齢者は、尊厳を保持し、自律的で独立した生活をおくるため、年金、医療、介護、社会福祉サービス、生活保護などを含む必要な社会保障を受ける権利を有します。社会保障の権利は、費用の心配なく、差別や偏見がなく、誰もが簡易に利用できる方法によって保障されなければなりません。合理的な理由なく、社会保障の水準を引き下げることは許されません。
11【最高水準の健康を享受する権利】
 高齢者は、到達可能な最高水準の身体的、精神的な健康を享受する権利を有します。
 また、健康を保持・回復するために必要な医療(健康づくり、予防、治療、リハビリテーション、緩和ケアを含む)を受ける権利があります。自分の健康と医療については、十分な情報を受けた上で、自己決定が保障されなければなりません(インフォームド・コンセント)。
12【長期ケアを受ける権利・ケアする人の権利】
 高齢者は、必要な長期ケアを受ける権利があります。そのケアは、本人の自己決定に基づき、できる限り本人が望む場所(自宅、施設、別の家)で提供されなければなりません。また、高齢者の尊厳、独立と自律、プライバシーが守られる、質の高いケアが受けられなければなりません。
 高齢者をケアする家族には、必要なサポートを受ける権利があります。この権利を含め家族一人ひとりの人権が保障されなければなりません。
 また、家族以外のケアをする人の人権も、同様に保障されなければなりません。
13【労働権】
 高齢者は、他の年代の労働者と等しい条件で、働きがいのある人間らしい(ディーセントな)仕事につき、労働にみあった待遇と報酬を受ける権利があります。
14【学習する権利】
 高齢者には、学習権と、生涯にわたって自己の可能性を伸ばし発達する権利があります。
 とくに、次の分野の学習の機会が保障されなければなりません。
●高齢期になっても仕事を続けられるように、職業教育・職業訓練
●新たな科学・技術や情報通信技術を利用できるよう、情報や科学技術に関する教育
●必要な社会保障、医療、長期ケア等を受ける権利についての教育
●その他、自己の権利を行使するための制度や方法に関する教育
15【文化および科学の成果を享受する権利】
 高齢者は、文化や芸術を楽しみ、その創造と発展に寄与する権利があります。また、科学技術の成果を享受する権利があります。
16【レクリエーション、余暇、スポーツの権利】
 高齢者は、健康と生活の質を高めるため、レクリエーション、運動、余暇を楽しむ権利があります。ケアを必要とし、経済的困難がある高齢者であっても、等しくその機会を享受できなければなりません。
17【居住の権利、健康的な環境についての権利】
 高齢者は、健康的で快適な、適切な水準の住居と環境で暮らす権利があります。高齢者が希望する限り、住み慣れた住まいと地域に住み続ける権利があります。
 住まいは人権であることをふまえて、誰もが利用しやすい物理的、経済的条件によって利用できなければなりません。
18【交通権、移動の自由、建物等へのアクセス権】
 高齢者には、交通権と移動の自由があります。道路、交通機関、施設・建物、サービスは、高齢者の固有のニーズに配慮して、実際に利用しやすいものでなければなりません。
19【財産権】
 高齢者は、その財産の多寡にかかわらず、自分の財産を保持し、使用する権利があります。高齢者に対する経済的な搾取・剥奪は許されません。とくに、高齢者の尊厳ある生活にとって必要な財産を剥奪することは許されません。
20【政治参加、行政参加、司法参加、社会参加の権利】
 高齢者とその団体は、自らに関わるあらゆるレベル(国、自治体、地域)の意思決定過程において意見を述べ、その意見が尊重されなければなりません。
 高齢者は、選挙や政治活動を通じて、政治に参加する権利があります。
 高齢者は、行政施策の立案、決定、実施、検証過程に参加できなければなりません。
 高齢者は、裁判を受ける権利をはじめ司法へのアクセスと参加ができなければなりません。
 高齢者は、町内会等地域活動、ボランティア活動、スポーツ、文化活動等社会生活のあらゆる面に参加できなければなりません。
21【団体を結成し、活動する権利】
 高齢者は、自由に自分たちの団体・組織を結成する権利があります。集会やデモ、行政等との交渉など、高齢者や高齢者団体による自由な活動は尊重されなければなりません。
22【災害や緊急事態における権利】
 自然災害、原発事故などの人的災害、その他の緊急事態においては、高齢者の固有のニーズが保障されなければなりません。
23【審査請求や裁判を受ける権利】
 高齢者は、権利が侵害された場合に、裁判や審査請求を提起して、権利回復をうける権利があります。権利救済のための制度は、判断能力が十分でない者など、高齢者の固有のニーズが配慮され、簡易かつ低額で、利用しやすいものでなければなりません。

IV 国・自治体・企業の責任

1 国は、高齢者の人権保障に対する最終的な義務と責任を負います。
2 国と自治体は、この宣言の実現をめざすことを政策の基調としなければなりません。
3 企業にも、この宣言を基準として活動し、差別を無くし、人権を保障する責任があります。
4 高齢者の人権保障の財源は、国・自治体・企業の負担を原則とします。高齢者に対して、尊厳を保持した生活を妨げるほど高額な費用負担を求めることは許されません。

V 人権保障にむけた不断の努力義務

1 高齢者は、生涯にわたって自己の可能性を最大限に発展させ、追求します。
2 高齢者は、この宣言に明記されている権利が、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であって、「不断の努力によって保持」しなければならないものであることを肝に銘じ、これらの権利の普及と実現にむけて不断の努力を行います。
 高齢者は、人権の内容と水準を今より発展させて、次の世代へと引き継ぎます。
3 高齢者は、さまざまな年齢の人々と連帯して、高齢者を軽んじる政治・風潮を是正し、すべての年齢の人々の人権が保障される平和で豊かな長寿社会づくりに努力します。
4 高齢者は、アジア諸国をはじめとする世界の人々と連帯して、平和、民主主義、人権保障の実現をめざし、すべての年齢の人々の尊厳が保障される平和で豊かな国際社会づくりのために努力します。


 [日本高齢者憲章]  [高齢者のための国連原則]  [主要国際条約と国際年]  [日本高齢者人権宣言第3次草案]  [日本高齢者人権宣言]WORD版